『ザ・マスター』と言う映画

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結構前ですが同じポール・トーマス・アンダーソン監督作品の「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を見たのですが、感想にまとめることが出来なかったのを覚えています。あまりに様々な感想があり、それを文章に出来なかったんです。とても特殊な映画体験だったと思ってます。ダニエル・デイ=ルイスとポール・ダノの役者の演技が素晴らしかったですし、因果応報と言いますか、考えないとワカラナイ、お持ち帰りの思考時間がとても長くなる映画だったんですが、今作「ザ・マスター」も、この系譜です。まさに持って帰るモノが大きすぎる大作でした。

 

今回も結構前に見た映画ですし、感想もまとめられないまま置いてあったんですが、フィリップ・シーモア・ホフマンが亡くなってしまった事でどうしてもまとめてみたくなりました。この映画の主役フィリップ・シーモア・ホフマンとホアキン・フェニックスの演技は本当に素晴らしかったです。

 

第2次世界大戦を兵士として従軍したフレディ・クレル(ホアキン・フェニックス)は非人道的な行為に加担したためか、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)のような症状と、アルコール中毒に悩まされ、定職につけずに心の赴くままに生きていますが、あるきっかけで不思議な船に密航します。その船は新興宗教家ランカスター・ドッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)のものだったのですが・・・というのが冒頭です。

 

作品そのものの評価はとても広い解釈が成り立つ構成なので、フレディやドッドという現実にはあまりお目にかけない奇妙な人物に心馳せることも、物語の渦に身を任せる事も、人の心の闇の深さに恐れおののく事も出来ますし、本当に様々な感想や解釈を受け手である観客が持ち帰る作品ですので、それぞれのシーンの意味を反芻しながら見終わった後で何度も繰り返し考えたりしてしまいます。

 

映像も、音楽も素晴らしく、そのうえ役者の演技も素晴らしいのですが、新興宗教を扱っている部分で、興味を削がれる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、あくまで人間的魅力あるキャラクターだと考えていただければ間違いないと思います。ある意味フレディとドッドという2人の男の関係性の物語だと私は思っています。

 

新興宗教という非常に怪しげな世界に生きる男であるドッドを演じるフィリップ・シーモア・ホフマンの怪演が光る作品です。私は神という概念を発明したのが人間だと考える無神論者ではありますが、宗教の持つ偉大さにも大きな価値を感じますし、道徳や規範を促す事や人間の強さを引き出すチカラの大きさも凄いものがあると感じています。
そういった事柄すべてを背負っているドッドという男のキャラクターが確かにあり、胡散臭さを感じさせつつも、信念を押し通す魅力があるのです(ただ、私は『前世』という考え方そのものは否定しますし、あるかないか?ワカラナイモノは分からないままにしておきたいです、あると考えることで楽になったり苦しくなったりという事そのものを受け付けたくありません。もしどうしても、というのであれば、前世を証明してもらいたいです、科学的に、反証できるように)。その魅力が、フレディというまたひとつ別の、大きな心の傷を持ち、何かが壊れてしまった男を惹きつけた事で生まれる関係性が面白いのです。
ドッドが最期に歌う曲(きっと村上春樹さんの短編集のあるタイトルの曲です)のもの悲しさは心の何かを打ちます。
フィリップ・シーモア・ホフマンが好きな方、ホアキン・フェニックスが好きな方、そして監督ポール・トーマス・アンダーソンが好きな方にオススメ致します。