旅に出ます。

三連休だったので、ただ家で寝ているだけではもったいないし、ということで、
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今さらそんなこと言っている人はいないと思いますが、3月23日になって、2014年初めて飛行機に乗ることになり、初めて羽田空港に行ってきました。春でもまだ気温も低く、冬のようになっていたので、飛行機越しというか滑走路の向こうに早くも富士山が見えます。飛行機は、ある月は国際線と国内線含めて、1ヶ月に7回乗っていたとかもありましたが、そんなことも遠い日のできごとのようになってしまいました。
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飛行機からも、富士山が見えます。以前はもっと計画性を持って、あらかじめ飛行機を予約していたものですが、今回は連休に入ってから思い立ったって利用しました。あれ、飛行機ってこうやってホームページで予約して乗れるんだっけ、と昨年7月以来の飛行機なので、すっかり忘れていました。本当は、東京と大阪jの間だったら、6時30分の飛行機だったら新幹線よりも¥3000ほど安く乗れるので、以前はそんな時間から飛行機に乗っていたのですが、すっかり臆病になったというか、起きられるかどうか心配だったので、それから1時間後の7時30分の飛行機に乗ることになりました。以前は、金曜日は残業したり飲み会とかあっても、平気で翌日は始発の飛行機に乗っていたのですが、すっかり弱くなっていたようです。1時間と割引額の差の¥1000を比較して、¥1000の方を選択して飛行機に乗ると、
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客室乗務員ってみんなこうだったか?、というような感じの髪型をしていることすら忘れていました。あんなに飛行機に乗っていたのは何だったのか、と思いつつ、
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飛行機は大阪空港に着陸して、そこから大阪モノレールに乗って、阪急宝塚線の蛍池という駅に行き、梅田行きの電車に乗ります。東京と大阪の間は新幹線に載る人が多いからか、早割とか関係なく早朝や深夜の便は割引が設定されています。新幹線で往復するのもつまらないし、少しでも割引になるから、ということでわざわざ大阪でも飛行機に乗っていました。こうして関東地方以外の電車に乗るのも2014年初めてになります。阪急の電車の色は昔から変わらないと思いつつ、
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地上の駅から地下の駅に行きます。そこから、タイガースでなくてジャイアンツ色の電車に乗っていきます。今日も、また、という感じで、甲子園球場まで行くことにしてみました。春の大会も夏の大会もそうですが、大阪市内には現在高校野球がやっているということは、梅田駅にしか出ていません。
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電車の中から、淀川を渡っていきます。東京都内の荒川よりも大きな川を見て、梅田から15分くらいで、
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甲子園駅に着きます。甲子園駅は今さら、って感じでようやく改築していくようになり、今はこんな感じで通路に屋根がつくようになっていました。
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2014年に90周年ということなので、1924年に甲子園球場ができたということはわかりますが、こんな感じになっていることはわかりませんでした。
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この神社も何だかんだで毎年参拝していることになる、甲子園素盞雄神社でも参拝していきます。社務所にいた方のお孫さんは、今年國學院大學を卒業されたとかそんな話をしてから、
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すでにチケットは買ってあっても、同じところばかりではつまらない、ということで無料の外野で見てみます。春は人気がないのか、以前は春は関西ローカルで中継していた毎日放送は放送をやめて、高校スポーツなら女子サッカーを中継してなでしこジャパンの布石にしていたのですが、どういうわけか外野は満員になっていました。
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三塁側は沖縄尚学となっていました。沖縄らしく指笛も聞こえてきます。沖縄尚学は春は2回の優勝経験のある甲子園常連校ですが、駒大苫小牧とか北海道でもわざわざ来てオリジナルの応援をしているのに、応援はあまり盛り上がることもありません。これは沖縄代表はどこも同じような状況ですが、沖縄の高校生はまだこの時期甲子園も寒いし1回戦から行ってられない、ということがあるのか、吹奏楽部やチアガールは兵庫県内の他の学校に、社会人野球のようにアウトソーシングしている状況になっています。この前、池田高校と対戦した海南高校とかは、曲も工夫してきゃりーぱみゅぱみゅや千本桜とかやっていたのに、ということは沖縄の学校の応援ではまずありません。
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一塁側は報徳学園になります。報徳学園は地元西宮市に学校がありますが、何度も出ているので、あまり地元が盛り上がることもないようです。西宮市なら関西学院のほうが人気や甲子園での動員力はあるようです。
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さて、そんな中、夏はなかなか買えない中央特別自由席もあっさり買えたし、ということで、第2試合と第3試合でも見ることにして、甲子園歴史館でも見てみます。
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ここは高校野球や阪神タイガースだけでなく、アメフトの大学日本一を決める甲子園ボウルもカバーしています。今は甲子園球場で開催される競技は野球とアメフトくらいですが、昔は新潟県から雪を運んでスキージャンプをやっていたということなので、昔のほうが何か凄かったような気もします。
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そんな感じで甲子園球場を一周して、
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第2試合から甲子園球場を見ていきます。来月から消費税が増税されますが、甲子園球場は時代を先取りしていたのか、さっさと3%以上値上げされていました。来年の消費税10%のときは据え置かれるのでしょうか。
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ビールも焼鳥も焼きいかも値上げされていますが、朝からビールを飲んでいきます。
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三塁側は宮城県の東陵高校となります。東陵高校は東日本大震災で被害の大きかった気仙沼市に学校があります。今回は、もう21世紀枠での震災枠はありませんでしたが、東北大会準優勝の実力で甲子園出場を果たしました。気仙沼からは仙台も大阪も遠いのですが、アルプススタンドはいっぱいになっていました。応援はジャイアンツのチャンステーマも使います。
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一塁側は白鴎大足利となります。栃木県足利市には、日本最古の学校の足利学校があったり、森高千里作詞の“渡良瀬橋”の舞台となったところでもありますが、関西ではほとんど触れられることもありません。関西を意識してか、それともいつも使っているのか、タイガースのチャンステーマを使って応援することもあります。
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中央特別自由席で、屋根のある下で見ていくと、23日は気温が高くなっていたのに、通り抜ける風は冷たく、さらにそんな中でビールを飲んでいると、寒くてたまらなくなってしまいました。そこで、試合もワンサイドで決まりかけていたし、ということで通路の中の店のモニターで試合を見ながら何か食べるようにしていきます。甲子園球場はアサヒビールの独壇場でしたが、キリンビールもキリンカップとかやっていてもサッカーばかりではということもあるのか、甲子園球場の改築に合わせて参入して、ビアレストランを開設していました。
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そこで、関西らしく牛スジの入った、ぼっかけうどん、といううどんを食べます。この前讃岐うどんを食べたばかりですが、讃岐うどんとも、また関西のうどんとも違ううどんになっています。
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夏は銀傘の下で見ないと熱射病で倒れそうですが、春は屋根がないところのほうが暖かくていいか、ということで探してようやく下のほうで見ていくことにします。試合は白鴎大足利が勝ちました。
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そのまま、第3試合も見ていきます。三塁側は、プロ野球のときにはまずないようなピンクで染まっています。日本大学がピンクをスクールカラーとしているので、付属高校も同様な、佐野日大高校になります。今回の大会は、隣り合っている群馬県桐生市と栃木県足利市と栃木県佐野市から代表校が出ていますが、ほとんど話題になっていません。佐野アウトレットモールとか、関西から行ったことのある人もいないのかもしれません。応援としては、日本大学が使っているような応援もあります。付属校ということで応援指導とかあったのでしょうか。
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そんな席で、甲子園球場に来ると食べることにしている甲子園カレーを食べていきます。甲子園カレーも、ひそかに値上げしていました。
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一塁側は熊本県の鎮西高校となります。学校紹介ではくまモンが出ていましたが、実際は応援には来ないようです。高野連は頭が固いのか、ゆるキャラとか甲子園では許可しないようです。応援としては、社会人野球で使っているというか、東京ドームや京セラドーム大阪ではよくあるけれど、甲子園球場ではなかなか演奏されたことのないはずの“全開HONDA”が演奏されていきます。社会人野球のホンダ熊本の関係者が野球部にいるとかあったのでしょうか。
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そんな第3試合は、NHKの野球中継では、レジェンド、ともいうべき小野塚アナウンサーが実況していました。昨年夏の大会は小野塚アナウンサーは神戸放送局にいても一試合も担当しませんでしたが、今大会は復活していたようです。しかし、他にアナウンサーが多いからか、テレビはこの試合だけしか担当しないことになっています。痛烈~、というフレーズが好きなアナウンサーでしたが、投手戦だったのかそういう場面はありませんでした。録画していたので後でチェックしていくことにします。
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そんな、ひそかに佐野ラーメンVS熊本ラーメンの対決になっていた試合は、佐野ラーメンのほうが勝ちました。これもまた、という感じで、熊本ラーメンはともかく、佐野ラーメンとか関西には店とかなさそうだし、関西では食べたことがある人とかほとんどいないのではないか、という気もします。せっかくだし、やめた、とか言わずに、この夏も来るか、という感じで、甲子園球場を後にして、
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おみやげでも買うか、来週はひさしぶりに会う人もいるし、ということでグッズ売場へ行くと、入場制限となっていました。池田高校のグッズはほとんどすべて売り切れとなっていました。この週末は、Jリーグ初の無観客試合もありましたが、そんな週末のスポーツイベントの中で、池田高校の試合の44000人という観客はNo.1だったようですし、人気は健在のようですし、シャープ産業としてももっとグッズを作っておけばよかった、遺失利益は大きいということになっていたのでしょうか。
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その後、知り合いのファンに買っていくか、という感じで高校野球期間中も阪神タイガースグッズを売っているところに行きます。ふと、サンフランシスコに行ったときに、AT&Tパークの中のグッズ売場もこんな雰囲気だったということを思い出します。東京ドームではそんなこと感じなかったのに、どうしてそんなことを感じていたのか、と思いつつ、
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20分に1本は直通が走るようになっていたので、乗換なしで大阪難波に行き、道頓堀へ行きます。ここは関西に来れば、毎回来ていて、東京には、いや他にはこんな雰囲気の繁華街はないなと思いつつ
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かに道楽やふぐのづぼらやの看板を見ていきます。それに加えて昔はくいだおれ太郎やすっぽん太郎もいたのに、とか思いつつ、
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水掛不動尊にまた参拝していきます。
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そんな道頓堀で、これまた関西らしく、
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串カツを食べて飲んでいき、
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店を出ると、暗くなっていきました。
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これも、昔は見たかったのに、高校生になるまで見られなかった、グリコのネオンを見ていきます。ここは節電なのか、19時まで点灯しないのかわかりませんが、点灯していませんでした。まあいいか、また来ればいいし、ということで、明日が気になるから、ということで、
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大阪駅に行きます。大阪駅の伊勢丹はダメダメだ、ということもありますが、東京に住んでいる人間がわざわざ見ることもないか、と
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今年2014年初めてJR西日本に乗り大阪から新大阪に行き、
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今年2014年は東京と新横浜の間は乗っていた新幹線に乗り、
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いか焼きとたこ焼きのコラボレーションでまたビールを飲むと、米原くらいから新横浜まで寝てしまいました。
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こんな感じで、以前は軽く乗っていた、飛行機も新幹線を、勇気を出して乗っていきました。三連休はこんな感じで終わり、また日常に戻っていきます。今度はもっと気軽に、昔を思い出していき、行動範囲を広げてみることにします。

やっぱセンスって大切だと思う

大学2年で「俺設計のセンスねぇわwww」で構造系へコースを選択したが、今ゴーストライターやってるピロティです。
センスが欲しくです・・・
まぁ、今思えば逃げてただけだと気付きました。

ふと、思ったんだ・・・
卒業設計とか雑誌や本でみるんだけど、どうやって作るのだろうと言う物を達。

さらに言えば、あのときの自分は現実的な物(笑)を作ろうとしてた時、難しいのを作ろうとして無理ってなったけど、今思うのは施工は業者に任せれば良いって事だなぁー(長音記号2)

学生だから、知らんで当たり前だし自由にやれば良かったなと思いました。
施工自体は、業者を泣かせば良いんですからw
あと、誇りとかも必要でした。

まぁ、終わった事だしwww

「卒業旅行、日本から来ました。」って映画あったよね。

4人で卒業旅行と称して、箱根まで行ってきた。

いつの間にか、僕が計画の主導権を握ることとなり、そこそこ調べ物したけど、このくらい調べて決めておけば、とりあえず日帰り旅行できるんだ なー、と思ったり。((母に)どの交通機関使って行くかを決めて(もらって)、ネットとガイドブック見ておもしろそうな場所見つけて、それと最寄り駅を書 き出して、交通費・入館料を調べて、最後の方の交通機関の最終時刻を調べた)
交通機関がそれなりにしっかりしている観光地なら、案内板もわりとあって助かるよね。

本編開始

Suica・TOICA利用者は、熱海を越えるときには注意が必要です。
(きあらがわざわざ今日のためにチャージしてきて後悔してた)

小田原から、赤い電車(=箱根登山鉄道)に乗って、入生田(いりうだ)駅へ。
僕はこの駅名が読めなかったので、「入る生きる田んぼの駅」って覚えた。
徒歩8分、本間寄木細工美術館がある。
箱根といったら寄木細工、ということで、どこかしらそれ関係の場所へ行ってみたかったんだよね。
住居に併設された、小さな美術館で、載せてないガイドブックもあるようなところだったけど、行ってみてよかったと思う。
作り方はなんとなくは知ってたけど、(秘密箱は初耳だったけど)、係員さんの説明も、ビデオによる説明も興味深かった。
立派な大人になったとしてもなかなか手の届かないお値段なんだろうけど、おひな様飾る飾り棚がうちにおけたらなあ
大人になったら、くずかごとかでいいから、何か寄木細工の物を部屋に置きたいな、って思う。
今日は、普通のお土産物屋さんにも置いてあるような、小さなキーホルダーのたぐいくらいしか手がでなかったからね。
展示品は、どれも精密ですごかった。
箱根には、よく見る寄木細工って感じの模様をつくるものの他に、木をはめ込んで絵を作る技法も伝承されているらしい。
東海道53次の富士山の絵とか、菊とか虎とかあった。
職人さんの技って、やっぱり素晴らしいなあ・・・

それから、箱根登山鉄道は上り坂へ突入。
そして、山道だから、普通の電車にはないくらいくねくねしてた。
途中で、谷通ったけど、こわくはないよ、ね?
少なくとも、絶叫系アトラクションの方がずっとこわい。

強そうな名前、と噂される(?)終点強羅(ごうら)駅でおひるごはん。
ところで、この先のケーブルカーに「中強羅」駅と「上強羅」駅があるのを見て、とある2人に、「強羅ってパワーアップしていくんだね」って言われたw
どこの温泉街にでもありそうなおまんじゅうだったけど、強羅まんじゅうもおいしかった。

強羅公園。
お花を楽しむ公園。だけど、この時期は時期が悪くって、何も咲いていなかった。
噴水は西洋風で素敵だったー(そういえば、噴水のまわりにパンジーは咲いてた)
あと、ヒマラヤ杉が堂々と立ってた。
仕方ないので、園内にある温室へ。
ゴクラクチョウカという花が「鳥みたい」って言うから、鳥にしか見えなくなってしまった。
「(ゴクラクチョウカ)あっちにたくさんあるよ」
「ほんとだ、たくさん『いるー』」
ふわふわした花とか、花みたいな葉っぱとか、不思議なあでやかな花がいっぱい咲いてた。
ふわふわした葉っぱもあった。

満員のケーブルカーに乗って、早雲山駅。
ここでロープウェーに乗り換え。
ケーブルカーに一度に乗れる人数に対し、ロープウェーに乗れる人数が限られているので、展望台へ出てみた。
「北どっち?方位磁石!」
「持ってないよ」
「じゃじゃーん。」(スマホを取り出す)「こっちが北だって」
「へー」
「じゃあ、富士山あっち?」
「えっ、そっちが北なの?えっ」
(なんで何も見てないのに、そっちが北じゃないって断定できるの?)
「え、だって、あっちに太陽あるよ?」
富士山が見える地域の住人は、富士山が見えないと、方角に弱いようです。
そうか、太陽と時計があれば方角はだいたい分かるのか・・・
(ちなみにスマホを取り出した彼は、北が上を向いた地図を、自動的に向いている方向を上にしてくれる地図だと思ったそうです。あ、でも、そういう機能がついた地図アプリもちゃんとあるらしいですね。)

ロープウェー楽しかった。
登り切った瞬間に、富士山と大涌谷の風景が、ばっ、と飛び込んでくるのは反則だと思う。

大涌谷で途中下車して、黒たまご食べた。
硫化硫黄と温泉中の鉄分が反応して、黒くなるらしいです。今調べた。
今知ったけど、散策コースとかあったらしい。
駅周辺の売店だけかと思った。
黒たまごは食べられた(美味しかった)し、寒かったから早くロープウェー戻りたかったからいっか。
たまごのおかげで、寿命が7年伸びたらしい・・・?

桃源台からは箱根海賊船。
英訳すると、Hakone Sightseeing Cruise
えーと、寒かった。
疲れてきたところだったので、海賊船だからって、はしゃげるような元気は持っていなかったです。
トンデミーナ(in富士急)が死ぬほど怖い、ということが分かった。
あと、根子にそろそろまた行きたいなって

元箱根港について、周辺を探すが、お土産物屋、ってかんじのところがなかった。
母に後で聞いたら、少し歩けばあったんじゃないか、って。
Suicaがつかえる!という理由で、セブンでお土産を買って、バスと電車で帰った。

ふらっと入った生物班だったけれど、素敵な仲間に恵まれて、生物班選んでよかったなってすごく思う。
おしゃべりするの楽しかったし、生物に限らずさまざまなこと教えてもらったし、勉強面をはじめとして色々な面でとてもよい影響を受けたと思うし。
3年間本当にありがとう。
また、大学生になったらどこかで集まれたらいいな(ω)

あなたの春、私の春。

日曜日のスイミング朝練習に、久~しぶりにチビ怪獣も参加しました。 (兄怪獣も見学で)

今年小学校を卒業する子供たちの【ラストスイム】の日でした。

練習の最後に、卒業する子供たちだけで50メートルを全力で競い合い、一言ずつ挨拶をするのが恒例です。

どの親御さんも、その勇姿をビデオに撮っていました♪
この日は、卒業生(高校生・大学生)も数人来てくれていました。

みんな、コーチに【進路報告】を兼ねて挨拶に来ていたようです。
まぁ、当然と言えば当然なんですが、報告に来ていたのは【希望校に合格出来た子】ばかりです。

中には【2浪して】東大に合格した男の子もいました。

その男の子には妹さんもいて、妹さんも今年有名大学に一発合格していたので、兄妹揃って(お母さんも一緒でした)晴れやかな顔でコーチに報告していました♪(兄妹が、同じ学年になるワケですね~わーい(嬉しい顔))
来ていない男子の情報も入って来て、彼は希望大学に落ちてしまい、滑り止めに受けた大学には受かったのですが、やっぱり【気乗りがしない】らしく、まだ迷っているそうで…

人生いろいろ…ですね~

でも、これで【人生すべて決まった】ワケじゃないんだから、これから先、もっともっといろいろな経験をして【自分の人生】を豊かにしていって欲しいな~♪

…と、【ピカピカの若者たち】のことは、おおらかな気持ちで見ていられたのですが…

ちょっと『このままで大丈夫なのかな…』と心配になってしまったのが、何年も中学生担当で指導してくれている【○○コーチ】のことです。

彼は、26歳になるのですが、まだ大学生です。(高校卒業後に入学した大学を中途退学して、翌年別の大学に入ったのですが、この1年大学に行っていないようです)

彼の場合、経済的にゆとりのあるお宅のお坊ちゃまなので、危機感が無いのかもしれませんが、収入源は【バイト料】だけで、スイミングは【ボランティア】の状態です。
でも、そのボランティアのスイミングコーチとしての指導方法に、最近、親御さんや子供たちから苦情が出ているらしいんです。

私もチビ怪獣も、○○コーチには【嫌な思い】をさせられたことがありますから、『相変わらずなんだな…』と思ってしまいました。

○○コーチは、いわゆる【勉強が出来るお坊ちゃま】なので理論的で合理的な指導をするのですが、【褒める】ことが苦手な上【自分の非を認めること】も苦手です。(ああ言えば、こう言う…の典型タイプ)

だから、目をかけていた子に対して【この子は自分の指導通りに泳いでくれない】と判断すると、指導を放棄してしまい、別の子の指導に集中してしまうところがあり、【見捨てられた】と思ってしまった子は、一気にやる気をなくす…ということが、毎年のようにあったんです。

昨年の秋くらいからも、そんな態度が顕著に見られるようになり、最近は、子供たちの中からも『○○コーチは大人げない』という声が上がって来ているらしく、なんだか険悪な状態になっているそうなんです。

○○コーチは、確かに優秀ですが【人間関係を円滑に進める】ことが苦手なんです。

それは【人の気持ち】に対して鈍い…というのが原因なんだと思います。

多分、彼に悪気は無いんだろうな…

悪気の無い言葉や態度が、人をどれほど傷付けているか…そのことに気付いていないんだと思います。

でも、彼は【傷付きやすい人】でもあるんです。

それは【人に注意されたり意見されるとプライドが傷付く】という意味で。

過去にも先輩コーチから何か注意されている場面で、薄笑いを浮かべて『はい、はい、わかりました。そうしろと仰るならそうしますよ。あまり意味は無いと思いますけどね…』みたいな返事をしていたのを見て驚いたことが何度もあります。

彼にとって【人から注意される】ことは、屈辱以外の何物でもないexclamation…って感じだろうから。

そんな感じなので、アルバイトをしても叱られることが多いらしく長続きしないらしいです。

恐らく、先輩コーチたちも『困ったヤツだ…早く大人になれよあせあせ(飛び散る汗)』と思っているんだろうな…

彼を見ていると、シミジミ【学校の成績(学歴)】だけで人を判断することは出来ないな…と思ってしまいます。
(^w^) ぶぶぶ・・・

黄砂に吹かれてby工藤静香

急ぎの仕事が一段落してから、今日も喘息のほかにまだ悪寒がしたり喉が痛かったりしているのですが、さっきその正体が分かりました。
体が炎症を起こして熱を持ち、関節がキシキシ言う。アレルギー反応ですね。PM2.5です。ピリピリして、顔にぼつぼつが出来るので放射性物質も混じっていますね。黄砂かな?
5日くらい前から日本に本格的に上陸しているんですね(>_<)

まあその正体が分かれば、色々対処が出来るので寝込んだまま。と言う事はなくなるのですが。

一時流行った断舎離。
どうやら私の場合は人のようで。今年に入り、古くからのマイミクを切りました。
今日もまた一人。
未練ではなくちょっと悲しかったのですが、こうなっては自分で気づくしかないので、本当に初めからのマイミクでしたがお別れしました。
まるで学生の頃の自分を見ているようだったので・・・。

その人は、病苦から過激派のような思想になってしまいました涙
それに日本は悪い国だと言う方が聞き慣れているから余計でしょう。日本は良い国だと言われることに違和感を覚え、洗脳だとも言っています。

他の国ではそんな事さえも言えない国が多いのですし、ましてや『障害者』や『寝たきり』と言う言葉が無い。と、持て囃された国のように、思想からそうなってしまった場合、安楽死を選ぶしかない国もあります。
原発がどうのとも言っていますが、毎日苦しんでいるこのPM2.5が流れてくる国はどうでしょう?福島どころではありません。
アメリカの州なんかになってしまったら、ギリギリだけれど何とか生活出来ている今の暮らしさえも、出来なることを保障します。

だけど日本の中の悪い部分しか見えないために、その人にとって日本は地球の中で最悪な国なんです。

私は中学から大学卒業後数年まで、過激派メンバーの中に身を置いていましたから、初めからその人とは意見には相違がありました。
しかし、絶賛している民主党そのものがその本丸だ。と、言うことにはある程度の理解は得ていたのですけどね。もう9年の付き合いでした。

でも、日本は良い国だと言われることに違和感を覚えるのは、本当に恐ろしいと思う。
いつか気づくことを祈るしかないのだけど・・・。

あと、中学から数年前まで付き合いがあった、一応恩師として心に留めておいた絵の先生とも、本当に断舎離しました。

高校生の頃銀座の画廊で見た、あまりに手を抜いた先生の商売画にもショックを受けましたが、この先生にとっても日本は世界に劣るよう。
食べていくには、自分はその国の中でレベルの高い画家でいることが必要だから、日本にいるだけだそう・・・。
うん。これじゃ売れるはずが無いよウッシッシ

少し寂しいけど、今のすばらしい友人たち、人たちに出会えたことが嬉しいから、特に未練は無いんですよ。

二センチを笑うものは二センチに泣くからな!

健康診断でいろいろ調べた結果、とんでもない事実が発覚してしもたのです。
いや、もしかするとと思ってなくもなかった。
自覚症状っていうんですか、自分でもそうやないかと感じてはいたのよ。
この間、麻由美ちゃんとこんなこというてたんよねえ。

なあなあ、麻由美ちゃん、また背が伸びたんちゃうか。
そんなアホなことあるかいな、うちが伸びたんやなくて雄二くんが縮んだんやろ。

麻由美ちゃんとは3.5センチ差があったはずやのに、どうも最近は同じようにしか見えない。
これは絶対に麻由美ちゃんが伸びてるんやと思ってた。
そしたらなんと、こっちがほんまに縮んでたことが身体測定で判明してもた。
ヘルニアの手術をすると身長が縮むと聞いてたけど、やったのは狭窄症やから関係ないはず。
しかしよう考えたら第4腰椎と第5腰椎をひとつに固定してるわけで、その間にあった椎間板はいっぺん外に出してから削り取った骨とブレンドして詰めなおしてるわけやから、間違いなく椎間板の分だけ低くなってる。
今日わかったのは、手術前と比べて1.5センチ縮んでたこと。

これは実に由々しき問題や。
子供のときからクラスでいちばんうしろのほうやった麻由美ちゃんと、逆に前から4番目くらいやったボクはほぼ同じ大きさで生きていたもんやから、よく双子と間違われた。
中学校を卒業したとき、3.5センチ差をつけてどうにかお兄さんとしての矜持を保てるようになったけど、いまやわずか2センチしか違わへんって、そんな殺生なことがあるかいな。

それでなくてもうちの家族はみんなでっかいのに、せめて麻由美ちゃんとだけはパッと見てわかるくらいの差がないとあまりにも切ない。
これから麻由美ちゃんにはいっしょにおるときは小さく見えるよう、猫背の練習してもらうしかないな。
いや、それ以前に、ニコール・キッドマンと結婚してたときのトム・クルーズ作戦を遂行せねば。
並んでいっしょに立たない。
これがいちばんや。
でも、そんなことしても、心の痛手は癒せやしない~♪
わしの身長2センチ分、誰か返してくれ。