剱岳に登ってきた。

9月の最終日、剱岳に登ってきた。
山の唯一の西側からのルートである馬場島からの早月尾根ルートをひたすら上り、8合目付近にある山小屋に荷物の一部をデポし山頂アタックする計画だった。
標高差は2300m、経験したことのない距離だった。今の脚力を考えると、子供と大差ないだろう。ブログなどを読んでいると、小学校の子連れで登った記録があり、それには山小屋まで6時間ということだった。
もし山小屋に着いた時点で足が言うことを聞かなければ登頂を翌日にのばすつもりでいた。
5時間以上かかっって山小屋に到着、その時点で10時半だった。山頂までは速ければ2時間だが、俺の足では3時間以上かかるはずだった。山小屋の人も心配げで、陽が落ちてしまうことを考えて防寒着とヘッドライトを持参するよう強く勧めた。
なんとかなるだろうと決断し出発、しかし20mも登ったところで足が重いことに気づき、引き返そうか考えた。1時間も登ると膝が痛くなってきて、テーピングをしようと思ったがデポしてきていた。
脚力の衰えもあるが、山が非常に歩きづらく、なかなか勧めなかった。登山客があまりいないルートなので、この広い山でひとりぼっちのような感じがした。
結局4時間半くらいかかって登頂。山頂ではちょっとだけ写真を撮ったりしてすぐに下山を開始した。
計算すると夕方日が暮れる直前くらいに山小屋につくはずだ。
下りの方が難渋するといわれていたが、意外なほどオレは速かった。あん馬とか平行棒の容量で腕を使いするすると下りてこられたからだろう。1時間くらいでおよそ半分の距離をかせぎ、これならけっこう明るいうちに戻れると考えていた。のだが、あと200mくらいのところまで来て、とつぜん足が重くなり、全身のエネルギーが尽きたような感じになった。食料はもうない。水もない。あるのは飴くらいだ。ひどい空腹感だった。足の限界がきたようで、何をしてもろくに動かず、こぶし大の石ころでもまたぐと蹴ってしまう。足がろくに上がらなくなっていた。
ものすごく遅い2足歩行ロボットのように少しずつ歩いて、なんとか日が暮れる前に山小屋に戻ってくることができた。山小屋の主人が遠くから見ていた。帰ってくると、ものすごく恐い顔でオレを睨んでいた。
この山小屋の主は元々山岳救助隊にいた人で、定年退職してからこの小屋の主になった。名前は佐伯さんである。この地方でもっとも有名な名前。遙か昔、飛鳥時代の国士として越中国を治めた佐伯有頼の直系の子孫、かどうかは分からない。

死んだように眠り、朝4時半にはたたき起こされる。山小屋のルールでチェックアウトは6時ときまっているからだ。
テーピングをして山を下りた。標高760mの馬場島には9時ころ到着、下の道で帰宅した。
体重は減っていなかったものの、体脂肪率が2%落ちていた。

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