今借りているお部屋ではなく自宅の一階の一室を

今借りているお部屋ではなく自宅の一階の一室を、本の部屋にしている。書棚をいくつかと小さなテーブルと椅子を置き、処分出来ずに溜まる一方の本を収納しているのだが、本同士が生殖行為に及んで新しい本を産んでいるのではないかと思うほど、あっという間に書棚は全部ふさがってしまった。仕方ないので料理関係の本は台所へ、さしあたり必要性に乏しいと思われる(というよりもう用済みの)法律関係の本は物置へと引っ越したのだが、あの部屋だけ歩くと床がミシミシ鳴る。困ったものだとは思うが、こればかりは仕方がない。本を読んでからでないと眠れないのだ。昨日の子守唄は「みんなが知りたい旅客機の疑問50」という本だったし、その前は萩原朔太郎の詩集だったし、傾向もジャンルもバラバラ…気持ちが散漫で文章が入って来ない時のために、ベッドサイドのテーブルの引き出しにはJTBの時刻表まで置いてある。これらがすべて、手元の端末に収まったら…電子書籍なるものの話を聞いた時にはそう思った。増え続ける本たちに圧し潰される恐怖とストレスから逃れられる日は遠くない、と。甘かった、としか、言いようがない。なんですよねぇ。中古マンションって選択肢。話は飛ぶが、渡辺 徹さんが以前ある料理番組で「オレは肉が好きとか魚が好きとかじゃないんだ、カロリーが好きなんだ」という名言を口にした事がある。私もそれと同様で、何であろうが読まずにはいられない人間なのだ。そして、頑迷で保守的な人間なのだ。本を読むという行為はレストランのテーブルにつく事であり、ページをめくるという行為は料理を口に運ぶということ…縦書きか横書きかにもよるが手に持った本の重心が徐々に移動してゆくあの感じ、文庫本で言うなら左手の親指で押さえている未読の部分がだんだんと薄く、軽くなってゆく寂しさのない読書を、私は読書とは呼びたくない。だから、電子書籍というものには興味を持てずにいる。紙の本をちゃんとした食事だとすれば、電子書籍は私にはファストフードでしかない。文明の利器には違いない。
日本の住宅事情を考えれば一概に「あんなもの」と決めつけるわけにも行かないだろう。でも…私はやっぱり、紙の本の方がいいや。